うれしはずかしウマシカ日記

車とバイクに振り回される日々をしたためる。名前はまだ与えられておりませぬが、ウマとシカと書くのが適当かと思われます。

よい車に乗りたい?

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最近若い方と話をしていて、面白いなあと思ったひとことを。

「何台も車を持ったり、よい車に乗りたいなんて全然思わないです」

自分に対して批判的なコメントではなくて、純粋に思うことを口にしたのだと思う。自分はこう返した。

「子供の頃から単純に車やバイクが大好きで。小さい頃に見た物って色褪せないんですよね。」

若者の車離れが・・とよく言われるけれど、まあ確かに自分たちの世代に比べれば、暑苦しい車好きみたいなのは少ないかも。離れてるっちゃ離れてるけれども、単純に自分たちが子供の頃に比べて、世の中に楽しめることがたくさん増えたんじゃないかな、と思う。自分の半生が車やバイクと共にあったように、彼らにもその車に相当するものが他にあるんだろうと。

彼らからすると、たとえば自分がこうしていろんな車に乗ってるのが、ある種の自己表現のように映るらしい。もちろんそんな面もあろうとは思うけども、単純に小さい頃から好きなんだよね。寝ても覚めても車やバイクのことを考えて生きてきたわけで。生きていく中で、車とバイクに接していけるように全ての物事を動かしてきたわけだ。自分にとっては、車やバイクに乗るというのは息をしてるとまでは言わないにしても、飯を食ってるようなもので(頻度的に、または、必要性的に)。

車が売れない、若い人たちが興味を持たないなんて話を聞くたびに、なんか違うんじゃないかなと。これだけ好きでしょうがない自分でも、言ってみれば車は移動手段に変わりはないし、むしろ本来のパイの中で車は生き続けていけばよいし、いたずらに田畑に火を放つように物を作る時代というのは通り過ぎたのではないかと。そこで何を見るか、考えるか、だよなあ。

自分にとって、本当の意味で憧れた車とは、BNR32・GT-Rだ。ど真ん中世代。いまからみればアナログに最低限のデジタルが入った車。R32から日本の走りの車は変わっていった。もちろん、この車にも乗ってきた。

そして、いま、R32よりもうんと古い車に乗っている。信号が飛んで動作部の制御を行うなんてものは一切なく、すべてが機械仕掛けで直結。まるでごまかしなんてものが、いろんな意味できかない。驚速をもたらす腸が引きちぎれるようなパワーにしか興味がなかった自分が、ルノー4のような車にも乗る。すべてが生活のために合理的。これでいいんだという(笑)そしてどんな車も楽しいし、存在する以上、意味がある。そんなことを知るのがまた楽しい。そしていろんなことをこれまで車やバイクから教わってきた。

ちょっと話が脱線したけれど、最初に出てきたコメントした彼も、自分とは違う物がおそらく人生に寄り添っている。つくづく思うけれど、人ってのは自分の時代しか生きられないもので、時代時代で生きる人たちがそれぞれ居るもんだ。

押しつけるつもりはないのだが、彼らにいつか、酒を飲みながら、うちのひっどい車達の話を嫌がられながらしたいな、そう思うのであります(笑)逆にね、彼らが夢中なことってのも聞いてみたい。

 そうそう、車やバイクを商売にしようと何度も考えてきた。しかしやってこなかったなあ結局。おそらく、好きなものを仕事にする後ろめたさみたいなものからか。飯を食うのは他のものでプロフェッショナルとして。車とバイクだけは「好き」という気持ちだけで接していたい。