手の内にある魅力

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旧い車は面倒くさい。面倒くさいことを挙げればキリがない。その面倒な部分が、ある種そのまま魅力だったりして、考えさせられることが多い。

会社の同僚と昼食に出かけ、車を降りる際に自分がボソっと呟いた。「とりあえず、集中ドアロックくれ・・」同僚はケタケタ笑ってた。そんなことか・・と笑ったのだろう。

エンジンキーとドアキーが別。雨の夜に傘を差しながら、キーを指先で泳がし探して、選ぶ。ああ助手席に荷物を置きたい。車高がそれなりに低いし、身長は183cm。傘を差して運転席側から助手席に回る。傘を肩に掛け首に枝を挟み、キーを回してドアを開ける。ルームランプは点かない。ショートしやすいから線を外してるのだ。荷物を載せてようやく片手がフリーに。運転席に回りドアノブを握るとロックがかかっている。未だ開けてなかった。もういちど鍵を差し、傘を畳み助手席足下へ放り込み、ようやく車内に。ご想像通り、肩先はかなり濡れている。

まあこんな話は挙げればキリがない。そして小さいことだけどね。繰り返す、こんな話は山盛りにある(笑)

操作系は「アシストなし」「ダイレクト」。制御系は「機械式」若しくは「無し」。とりあえずトラブルを未然に防ぐべく、走行に重要な箇所が脳裏に常に展開され、最後に見たのはいつかがバッファに記録されている。

走行中は、オーディオを聴きつつ・・。そんな洒落たモノは装備されていない。どのみち装備されていたとしても、遮音って知ってる?と問い詰めたくなるような大音量の走行音にかき消されるだろう。ガーとかシャーとか、そんな騒然としたシンフォニーに耳を傾け、か細い1音1音を掴むべく聴き入る。そう、異音が無いか。

なるべく日がさんさんと当たらない場所に停め、雨天であればほぼ不可能であろうけども、できるかぎりジャンジャカ雨に打たれない駐車場所を探す。幌と窓枠に明確な隙間がありますから。。

駐車場に戻れば、必ず停めている地面、車の下に目線が行く。少量垂れているオイルの確認だ。1滴2滴ならオイルが入ってる証拠だとウンウン頷く。それ以上ならレッカーだろうけども。

元気よく走ってた。しかし車列の後尾でいきなりエンジン停止。やれやれとイグニッションキーを回すもアイドリングしない。デスビを開けてみればポイントが激しく荒れている。

書き疲れた。要は非常に面倒くさい(笑)
しかし、旧い車の場合、わかってりゃ問題がないし、わかる範囲にしか機械も部品も構造もない。全部に目を配ってなきゃいけないけども。さらに少々は目をつぶるという度量も必要だ。度量というのか?

いまの車は旧い車とちがって、高度にシンクロしているし、統合制御なのでトラブルと一点だけを手当するなんて風にはいかない。旧い車と比べれば、もはやブラックボックスだ。しかし集中ドアロックついてんでしょ? すばらしい(笑)

自分は4つタイヤがついてれば、基本的に何でも好きだが、旧い車の魅力を一言で表すとなると、タイトル通り。「手の内にある」ということ。そして教えられたことがある。何事もよいところ、わるいところとある。長所・短所と言おう。まあ短所もわかっていれば、問題ない。そんなことを教えられた。

最後にもう一つ。旧い車は、手の内にあると書いた。それはすべて自分でコントロールして、何かに任せない、ということだ。自らを分かるための乗り物。それが自分にとっての旧い車。