うれしはずかしウマシカ日記

車とバイクに振り回される日々をしたためる。名前はまだ与えられておりませぬが、ウマとシカと書くのが適当かと思われます。

進化とは

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2台続けて、電装系で車がダウン。やれやれ。何台も旧車に乗り、そして常に何か修理している様を見て「よくやってるよね・・」と人によく呆れられる。

旧い車が好きかといわれれば好きなのだが、何も旧いことが好きなのではなくて、ほぼ姿形で選ぶと旧い車になってしまうのだ。

デスビがパンクしたアルファ(写真)。点火系は、いま殆どの車がダイレクトイグニッションになっている。スパークプラグに火が飛ぶ仕組みは、要は12Vを昇圧して適正なタイミングで放電するのだが、旧い車はこの仕組みが非常にシンプル。笑っちゃうぐらいテキトーな仕組みで火が飛んでいる。その分、定期的なメンテナンスが必要だし、綿密な火の管理はできない。

メンテナンスが必要となるタイミングを先延ばしするには、動いているものの状況を把握する方法を、物を動かして把握するのではなく(これが旧い仕組み)、動いているものの近くにそれを監視するセンサーへと置換する(これが今の仕組み)。

センサーを使うなら、緻密かつリアルタイムに現在の状況が把握できる。そうなると、制御も緻密になり、性能もフィールも向上する。いいことづくめ。ただし、二つだけ欠点がある。どうしても何事も大げさになる。それはつまり、サイズが肥大化し、かつ、重量増につながる。まあ、大した問題ではないのだけれども。もう一つは、車というものを実現する機能という機能が全体的にリンクしはじめる。各所で制御が緻密になろうというのであれば、どうしてもそれらを繋げて、次元を上げようとするからだ。となると、どこが壊れているのか、浅い知識では最早追えなくなる。つまりブラックボックスとなってしまうのだ。まあ、これも大した問題ではないだろう。

さてさて、進化というものは飽くなきものだ。緻密に制御が可能になり、より便利に、より高性能にと進化していくことで、今度はたとえば衝突安全性を担保することを考え始める。そうなると、必然的に車は肥大化する。現在の車に比べると、昔の車は驚くほど小さい。書いたようなことがいろいろと進化してきた結果だ。上の写真のようなスタイルを、いまの基準や社会、法規に沿って作るのはもう難しいだろう。

昔の車は笑ってしまうほどに、現在の車に比べて走ること以外の機能が載っていない。しかし、なんともいえぬ美しさがある。この中間を縫う車が出てこないかな〜。

ま、なんにせよ、旧いものは面倒くさい。まったくおすすめできません(オチ)。